![]() |
武州大沢の鴨場と桜堤武州大沢。私は風土や歴史などを想起させる地名が好きである。 今の北越谷駅の改名前は、武州大沢駅だった。武州の武は武蔵の国の武であり、州は江戸時代、国名の一字に「州」を付けて、信濃の国を「信州」などと呼ぶ名称が流行した名残りである。 「沢」とは、低くて水がたまり、アシやオギなどが茂った地のことで、大沢とは大湿地の意味を持つ。 今から3〜40年前のことであろうか、武州大沢駅の西側には湿地があり、アシやマコモが生え、夏は電車の窓から緑の風を運んできた。ここの土地が「そうか園」として坪3000円で売り出されたことを記憶している。当時、草加に住んでいた私は、草加にそんなところがあるのかと、よくよく聞いたら、ここのことだった。広告販売のハシリである。 さて、この大沢。北越谷と名前は変わっても、変わらぬものが二つある。鴨場と輪中のような土手である。 宮内庁が管理している鴨場に、私は2度入った。1度目は昭和40(1965)年ごろで、2度目は平成13(2001)年5月10日、埼玉県東部地区自然観察会(STN)の企画である。 私たち40人は、鴨場の敷地内に入った。中の様子は、1度目と変わっている気がした。職員の話によると、ここの鴨場は明治時代に造られた。そのころ、この辺りはアシが生い茂る広い河川敷であったという。 鴨場のつくりは、広大な敷地の中に13000平方メートルの池があり、その周囲は竹林や雑木で覆われている。池の中の様子は、小屋の小さな覗き穴でしか見ることができない。覆われた池のさらに外側に、片側数本のL字形の水路がある。 鴨を捕るときは、給餌のときオトリのアヒルが鴨を連れ込む。人を見た野性の鴨は深い溝からびっくりして飛び上がる。その瞬間、大きな網ですくいからめ捕る。捕らえた鴨は食せず、目印の脚輪をつけて放される。 鴨の動静調査のほとんどは、鴨場で行われているという。ここへ招待される人々は、在日外交官や衆参両院議員などである。 毎年、この地に来る鴨などは1万羽を超え、その種類も十数種に及んでいる。屋内には野鳥の剥製もあり鳥キチには入ってみたい場所だが、冬は客が来るので見学はできない。 ともあれ、ここは野鳥の天国で、生類憐れみの令を出した生態系保護の第一人者(?)徳川綱吉もあの世で満足しているに違いない。 東武線は、大袋駅から北越谷駅の間で高架になる。上り電車で高架に登りきったところから、右手を窓から眺めると森が見え、森に面した大川が望める。森の奥が鴨場で、川は元荒川てある。さらに北越谷駅を過ぎると鉄橋にさしかかる左右に川が見える。これも元荒川である。 鉄橋が蛇行した元荒川を横切っているのだ。前者(上流)と後者(下流)の間隔は1.5km。これが一本に連なっている川であることに気づく人は地元民だけであろう。元荒川が半円を描くように大きく蛇行しているのである。 この川の内側は人工の土手で、桜堤通りと呼ばれ、桜の名所である。この人工の土手を除くと、土手に囲まれた土地(約70ヘクタール)は大湿地になる。大沢の地名の由来であろう。ここは昔の川の蛇行の様子が、身近に見られる自然の貴重な遺跡である。 荒川の「荒」は「激しく凄まじい」意味がある。昔は、この川の上流も下流も大蛇行していた(図参照)。近くの地名などにも袋山(砂丘)、荻島、堤根、〆切橋、出津橋・・・と、水に因んだ名が多い。さらに、この地域には利根川の水も流れ込んでいたことがあった。 古利根川は、江戸時代以前は利根川の幹流であった。そして一時期、春日部の小渕で大曲りし古隅田川を通り、岩槻の長宮あたりで元荒川と合流していた。秩父や群馬県に降った大量の雨は各地に沼や湿地をつくり、この大沢を通って東京湾へ流れ込んだ。 ダムもなく水を制御できない時代だ。そら恐ろしい水量であったであろう。江戸時代になり政治が安定すると、治水工事が各地で行われた。利根川の水は、銚子から太平洋に流れ込んだ。 水量が減り水田開発が行われ、蛇行した川は新たな水路で矯正され耕地が造られた。しかし、なぜか、この大沢だけが、矯正されず蛇行のまま現在に残り、桜の名所となったのである。 ところが、である。この偶然に残った自然の貴重な土手が、道路建設のために桜並木ごと破壊されようとしている。埼玉県が、都市計画道路「浦和野田線」工事のため出津橋付近の桜五十数本を切り、幅25メートル、四車線の道路を造るというのだ。話によると、昭和34年に計画決定、62年に知事決定したという。62年といえば、バブルの天井である。それが今ごろ「お化け」の ように出てきて、多くの市民や学校関係者などの不安を高めている。バブルは、消えるのが自然だ。 4月1日(日)、文教大学で工事についてシンポジウムが行われた。桜の木を切り、土手を改良して造れば51億円、現状のまま残すトンネル方式だと、234億円の費用がかかるという。 会場は超満員、200人ほどの市民の声は、工事そのものの凍結を求めた。県の基本理念には、生活優先、環境優先の矛盾した二つの方針がある。理念通り工事を執行するにはトンネル方式以外にはあり得ない。 一般に公共工事には三つのタイプがある。 1.しなければならない工事 2.しなくてもよい工事 3.しない方がよい工事 さて、この工事は市民の立場では、いかがなものであろうか。 その4月1日のこと。北越谷駅の改札口を出ると、二人の若い女性が花見客に弁当を売っていた。北風が吹いて寒い日であったが、花見客はかなりの人手であった。出津橋の上では、花見客に工事の「ありよう」について署名をお願いしていた。 この大蛇行の川筋には、フジバカマやキタミソウが自生している。今年はハクチョウも飛来している。桜の名所の堤を、鴨場とともに武州大沢の面影を残す聖域として後世に残すべきだろう。彩の国の「彩」は、自然を失っては無味乾燥になる。(あみゅーず90号より転載) |