西洋タンポポの侵略と謎

 春を彩るタンポポはスミレとともに、もっとも親しまれている精緻な美しい野草だ。
 私がタンポポの異常繁殖に気づいたのは、昭和四十年代の後半である。草加市花栗の、ある梅林の下に一面に咲き誇っていた。当時は、今のように西洋タンポポとか関東タンポポなどという認識もなく、タンポポは梅の木の下の日だまりが好きなのか、と思う程度だった。いま考えてみると、このタンポポは間違いなく西洋タンポポである。
 この西洋タンポポ、明治時代に札幌農学校の外人教師が、乳牛の乳の出をよくするため、アメリカから種を持って来たのが帰化の始まりだそうだ。
 最近、この西洋タンポポが至るところにのさばり始めた。砂利の間やアスファルトの隙間など、劣悪な環境でも、驚くほど猛烈な繁殖力を示す。とくに人間が手を加えた裸地には、いち早く進出する。これにひきかえ在来種の関東タンポポは、めっきり姿を消した。
 ある植物図鑑では、西洋タンポポは中性植物で単為生殖をする。そして、関東タンポポを駆逐している。また、ある本では、西洋タンポポの種は軽くて数が多い、と記述している。
 中性植物とは、トマトやナスのように日の長さに関係のない植物である。春に花を咲かせ種をつくる、その種がまた芽を出して種をつくることもできる。単為生殖とは、他の花と交配しないで種ができる。親と同じ遺伝子をつくるクローンである。虫の助けなど必要としない。花びらなど必要のない生殖である。
 種が軽くて多い、ということは、より遠く、より多くの種を散らし、多数の個体の発生が期待できる。かくして、西洋タンポポは裸地ができれば山の中でも進出する。とりわけ都会は適地で、今では関西でも多く見られるという。
 一方、関東タンポポは長日植物で、頼みの昆虫は農薬で殺され、生育地は古利根川の土手のようにブルドーザーで裸地にされ、改修とか公園づくりのために姿を消している。関東タンポポを駆逐したのは、西洋タンポポではなく無神経な人間なのではなかろうか。
 話は変わるが、私は最初西洋タンポポと関東タンポポは、てっきり受精もすると考えていた。「単為生殖をする」とは、「単為生殖もする」と読みとっていた。植物には、よくあることである。
 西洋タンポポと関東タンポポの見分け方は、花びらの下の総包片が反り返っていれば西洋タンポポ、上向きなのが関東タンポポである。
 もし両方が受精すれば、雑種第一代に優性形質が現れ、劣性形質は現れない。そして雑種第一代と第一代が受精すると、雑種第二代ができる。雑種第二代には、優性形質と劣性形質が3対1の割合で現れる。これがメンデルの遺伝の優性法則である。 
 私は、西洋タンポポの下向きが優性形質と考えた。だから受精して総包片が下向きの西洋タンポポが多いと仮説を立てた。実証するため、内牧や公園などのタンポポの群生地で観察した。両者が受精していれば、少数ではあるが劣性型の関東タンポポが必ず混在しているはずである。仮説は見事にはずれた。関東タンポポは見つからなかったのである。
 ところが、西洋タンポポをグループで観察しているという方が、古利根川の観察会(毎月第3日曜に実施している)に来た。彼女の説明によると、西洋タンポポと関東タンポポは受精すると言う。証拠として、純形の西洋タンポポは総包の先に瘤がなく、関東タンポポには瘤がある。西洋タンポポの先に瘤があるのは、両者の雑種であると言う。この説によると、あたりの西洋タンポポはほとんど雑種ということになる。
 図書館で植物図鑑を何冊も調べてみた。すると、ある図鑑に西洋タンポポは染色体が3倍体であると記述してある。
 生物の染色体は普通2倍体である。3倍体の奇数では、生殖細胞をつくるとき染色体が半分に分裂できない。クローンでなくては、種はできないはずだ。たとえばヒトの場合、染色体は2倍体で46本である。2倍体とは、同じ形の染色体が二つずつ細胞の核の中にある。もちろん、染色体には遺伝子DNAが含まれている。ヒトの生殖細胞は分裂して、半分の23本になる。精子の染色体は23本、卵の染色体も23本、受精すると46本の新しい個体が生まれる。
 植物のメシベとオシベの関係も、これと同じである。種なしスイカは4倍体のものと2倍体のものを受精させて3倍体の種をつくる。3倍体のスイカは、種なしスイカの種だ。実(み)はできるが、その中に種はできない。
 これらのことから考えると、西洋タンポポと関東タンポポは、受精するのかしないのか。DNA検査でもしてみないと分からない。悩むほどのことではないか。
 さて、関東タンポポ、最近めっきり減ったが、気をつけてみると見つけることができる。場所は、人手の加わらない日だまりの草地。それに、私の経験では、西洋タンポポより早く咲き出す。春分のころ、お墓参りのときにタンポポを見つけたら、関東タンポポの確率が高いと思われる。
 最近、タンポポを食用にする人が多いと聞く。料理は葉をよく茄で、水にさらしてアクを抜いてから。薬用としては、健胃剤や消化促進として用いられる。採取するときは、西洋タンポポをどうぞ。(あみゅーず70号より転載)